「気づき」とは気付けていなかったということに気づくということ

「気づき」とは気付けていなかったということに気づくということ

私は理学療法とヨガをライフワークにしていますが、いずれも「気づき」が大切になってきます。でも一言で「気づき」と言ってもいろいろありますよね。

私は「自分ができないことは(気付けていないことは)患者さんに伝えられない」と考えています。ここでは私の考える「気づき」というものを明確にして整理しておきたいと思います。

理学療法士としての「気づき」とは

日々の診療業務において、患者さんに気づきを与えることは常につきまとう課題です。単純に量をこなすトレーニングや、一方的な押し付け、患者さんが受け身になるだけのエクササイズでは患者さんはあまり良くなりません。

ただ、患者さんに気づきを与えるには、担当している理学療法士そのものが気付けていなければ難しいと思います。

たとえば、上腕二頭筋に筋肉の収縮を起こしたい場合、患者さんには上腕二頭筋の収縮感覚を感じてもらうという「気づき」が必要です。

しかし、人間は特別なトレーニングを積んでいない場合には個別の筋肉の収縮を感じ取れないことが多いです。

そしてそれはターゲットとなる筋肉や関連する箇所を損傷している患者さんでも、それを指導する理学療法士でも同じです。

筋肉がそこにあることが感じられ、その収縮を感じ取れるからこそ、意のままに身体が動かせる土台が整うのです。

ヨガの練習生としての「気づき」とは

私はヨガを始めておよそ10年になりますが、それまではただストレッチをしてもなかなか身体が柔らかくなりませんでした。

「呼吸をとめないで」とか「痛いほど行うのは逆効果だよ」というのは知識としてわかっていましたが、それでもストレッチの翌日に筋肉痛が出るだけでした。

それが、ヨガをはじめて自分を内観することができるようになるにつれて、無意識に呼吸をとめたままストレッチしたり、痛みを痛みと思わないように我慢していただけだということに気づきました。

決して呼吸をとめることなく、ややマイルドなアサナ(ヨガのポーズ)をとるように心がけることで、少しずつではありますが柔軟性がアップしているのを実感しています。

ちなみに、この効果を実感できるということも「気づき」ですね。

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大切なのは気付けていなかった自分に気づくこと

これらの事例から、私の中で大きな収穫だったのは「気付けていなかったということに気づいたこと」でした。

「気づき」という言葉をただ表面上でしか理解していないと、この大切な気づきに気付けなかったかもしれません。

「気付けていないことに気づく」ことで、日常のふとした瞬間に自分の身体や思考について内観して吟味するということができるようになり、さらなる気づきが得られやすくなりました。

  • あれ?なんでこんなに怒ってるんだ?
  • あっ!さっき呼吸をとめてたな。
  • 知らない間に背中が曲がった姿勢になってるな。
  • この時間はそれほど眠くないんだな

などなど、自分へ意識を向けることが増えてきます。そしてそれがまた、周囲に対する気づきへと波及していきます。

これは素敵なスキルです。習得して損することはほとんどありません。なぜなら気づいてから先がもっと大切だからです。

どんなアクションを起こすのか、どのように修正していくのか。

「気づき」は勝手な思い込みや自己判断をなくし、自分や周囲を成長させるための大切な情報をもたらします。

あなたは本当に自分のことを誰よりも知っていると言えますか?

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