ヨガの瞑想は意識的にするものじゃなくて自然と訪れるものなんだよ

   

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ムドラ

最近では 瞑想 が流行っていますよね。もはや瞑想という言葉を聞いたことがないという人はほとんどいないと思われるほど、一般に広く知られています。

いろんな本やインターネット、各種メディアで瞑想が紹介され、著名人や経営者、ビジネスマン、スポーツ選手、アーティストも瞑想を日常的に行っている人が増えていて、ヨギー(ヨガの練習生)だけのものではなくなっています。

そして瞑想にもいろんな種類のものがあります。それぞれの人が出会って、良いものだと思ったのならその瞑想を取り入れるのが良いと思います。決して否定するつもりは全くありません。

ただ、本来のヨガの瞑想というのは、やろうと思ってできるものではなく、自然と瞑想状態になるもの、つまり 訪れるもの だって知っていましたか?

そもそも瞑想の起源とは

この世にヨガが生まれた当初は、文字で文献として後世に引き継がれるものではなく、師匠から弟子に口伝として語り継がれていくものでした。

そこから2000年くらい経ってから、聖者パタンジャリによって、ヨガスートラという書物にまとめられ、後世に引き継がれていきます。

そのヨガスートラの中で、最終的に到達する目標である 悟り(サマーディ、第8段階)に到達するための8つの段階(アシュタンガヨーガ)が示されていますが、その前段階(第7段階)として瞑想状態(ディヤーナ)を通過すると言われています。

また、ヨガの起源は瞑想を中心としたラージャ・ヨーガ(王のヨーガ)とも言われており、ひたすら瞑想をするというスタイルだったようですね。

ちなみに、今のヨガマットの上で行うポーズや呼吸法というのは、瞑想を適切に行うために身体や心を整えるためのものであり、後になって付け足されたものなのだそうです。

ハタヨガの練習段階での瞑想とは

ハタヨガとは、簡単に説明すると身体を動かしていくヨガで、いま私たちがヨガと呼んでマットの上で練習しているものはだいたいこのハタヨガが源流と言われています。

本来のヨガは、前述したように瞑想をすることでしたが、身体をケアして瞑想を長く続けていけるようにすることが、最終的に心をケアすることにつながると考えられました。

ヨガのポーズ(アーサナ)や呼吸法(プラナヤーマ)を練習して身体を整え、守るべき社会規範(ヤマ)や自己規範(ニヤマ)を守れるようにすることで、自然と意識が外側(身体)から内側(心)の方へ向かい(プラティヤハーラ)、深く集中した状態(ダーラナ)、瞑想状態(ディヤーナ)へと段階が進み、調和・悟り(サマーディ)へと到達できるとされています。

悟りの段階になると、何者にも左右されない穏やかさが訪れ、これがヨガの最終的な目標と言われています。

早い話が、身体のコンディションをポーズや呼吸法で整えてあげることで、深い集中状態や瞑想状態に自然となっていくというスタイルです。

このことからも、ハタヨガで言う瞑想というのは、するものではなく自然となるもの、訪れるものだということがわかります。

瞑想をマスターするにはその準備が大切

正直、瞑想をマスターするなんて表現がすでにナンセンスなのかもしれません。

でも、効果的に瞑想をしたいと思うなら、やはり器である身体をしっかりケアして健康な状態にしておくことが大切です。

身体が不健康なのに心だけが健康なんていう状態は基本的にあり得ません。身体と心は互いに影響し合っていますからね。

ヨガマット

なので、ヨガのポーズやその他の方法でもいいので、身体の健康を手に入れる努力をすることが、回り回って瞑想を適切に行うための努力でもあるということであり、現代的なアプローチだと言えます。

いきなり瞑想が流行っているからと頭を空っぽにしたり、集中することをやってもうまくいかないことの方が多いでしょうね。

何事も下準備が大切です。

瞑想がもたらす効能とは

私はハタヨガを学んでいる身ですので、瞑想そのものを目的にするというよりも、ヨガのプラクティスの中で自然と瞑想状態に近づいていくことを目的にしています。

なので瞑想状態になった時には、それまでの下準備としてやってきた段階それぞれが、私に有意義な恩恵を与えてくれていますので、厳密に瞑想だけが私にもたらしてくれる恩恵というのはわかりません。

でも、一般的に言われている瞑想の恩恵というのは、本やインターネットの情報ですでにたくさん紹介されています。

集中力が高まり、ストレスが軽減され、思考が整理され、前向きな考え方が手に入り、心の波が鎮まるというようなイメージでしょうか。

いずれにしてもマイナスになることはほとんどありません。

瞑想を行う時に気をつけたいポイントとは

前述したように、瞑想はするものではなくなるものだというのは、ハタヨガで言われている瞑想です。

そのハタヨガにおいても、プラクティスの中で心を沈めることはやります。

ポイントは、深い集中状態や瞑想状態になる段階で、頭の中に雑念が出てくることを受け入れるということです。

頭の中は空っぽでなければいけないとか、深い集中状態に入るために雑念を取り払わないといけないとか。

そういう考えそのものがノイズとなり、瞑想から遠ざかってしまいます。

目を閉じて瞑想を始めたら、最初はいろんなことを頭の中で考えてしまいます。

「明日の仕事は何時からだったかな?」とか、「さっき洗濯機に洗剤入れたっけ?」とか。

それらを無理に消そうとするのではなく、そういうことを考えている自分を一段上から眺めるような感覚です。

受け入れつつ、少しずつ心を沈めることで徐々に雑念が生まれなくなるようにするのです。

それは日々のプラクティスで達成すべきものですので、いきなりできるものではありません。

まずは無理せずマイペースで取り組むのがいいよ

一般的なヨガのクラスでは必ず最後に屍(しかばね)のポーズ(シャバーサナ)を行います。

実はこの時のなんとも言えない感覚が、一説によると悟りの感覚なのだと言います。

シャバーサナをするこども

つまり、瞑想状態というのはヨガクラスの最後に、割と身近なものとして擬似体験しているということにもなります。

あのなんとも言えない幸せな気持ちで、何者にも左右されない穏やかな気持ちで常に過ごせたら・・・どうでしょうか。

確かに常にあの状態なら、みんなが幸せに過ごせるのかもしれませんが、古代インドとは異なる現代社会において、それでもいいものなのでしょうか。そんなことって可能なのかな?

ともあれ、まずは身体のコンディションを整え、自分に合った方法でマイペースで取り組んでいってほしいと思います。

そしてもたらされる恩恵をしっかりと自覚して噛みしめて欲しいと思います。

完全な悟りの状況や深い瞑想状態ではなくても、そこに向かっていく初期の段階から、きっと恩恵を感じられるほどの効果を得られるはずです。

デメリットはほとんどありません。費用もかかりません。

きっと、人生をより良く過ごしていくための助けになるはずですので。

Posted by Atsushi(@Atsushi_k0

 - ヨガ

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