「ワナカムヨガスクールのハタヨガ基礎講座」継続学習@愛媛2015.03.01参加レポート

      2017/08/05

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このワークショップに参加するのは今回で3回目ですが、いつも新しい気づきがあります。

そしてその気づきというのはヨガに限ってのことではなく、日常生活においても気をつけなければならないことだということなので、学びが日常生活に直結することになります。

今回のワークショップで得た学びを記録してシェアしたいと思います。過去の参加レポートはこちら。

「Vanakkam Yoga School by マスター・スダカー 2日間集中講座」で私のヨガ魂に火がついたぞ | 歳月庵

「ワナカムヨガスクール継続学習@愛媛」に参加してきたよ | 歳月庵

その場しのぎになっていないか

ヨガに通っている人ってどういったことを求めてスタジオに足を運ぶんでしょう。

気持ち良いから、ストレス発散、かっこいいヨガのポーズができるように、などと理由は様々です。しかし一時の快楽を得るためであれば他にも方法はあると思います。

ゲームをしたり小説を読んだりしても現実から離れてストレスを発散することはできます。身体を動かしたいなら他にいろんなスポーツやアクティビティがあります。なのになぜヨガなのでしょうか。

また、指導者の立場にある人であれば、生徒さんはなにを求めて自分の元へ来てくれていると思っているのでしょうか。

それをふまえて、何を提供してあげることがヨガを教える上で大切なことなのでしょうか。そもそも生徒さんが望んでいることをそのまま伝えるだけで良いのでしょうか。

本来、ヨガを行うということはある意味で生涯学習であり、終わりはありません。

ヨガの哲学やアサナ(ポーズ)を通して自分になにが欠けているのかを探すためのものです。1時間のマット上での練習が、残りの23時間に影響を与えないようであれば、それはヨガではないということだそうです。

逆に考えるとマット上での1時間の練習というのは、残りの23時間の生活の準備にすぎないとも捉えることができます。

スタジオに通って1時間汗を流し、身体も心もスッキリしても、自宅に帰って育児や妻との関係にストレスを感じて元どおりになっていれば、そこにヨガは活かされていないということであり、無意味なことだというのです。

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確かに私がヨガを始めた時は「かっこいいポーズができるようになりたいし、ヨガが趣味なんてなんだかかっこいいし、身体が柔らかくなれば怪我もしなくなるし、プロポーションが良くなるから嬉しいなー」くらいにしか思っていませんでした。

個人的には別に動機はなんでもいいと思うのですが、かっこいいヨガウェアに身を包み、おしゃれなマットの上で指導者の言うことを盲目的に鵜呑みにして1時間を過ごし、終わったらい現実社会に戻るために気持ちを切り替えていたのでは意味がないです。

ヨガを通して得られたことを現実社会でも適応させる。もしかしたら「現実社会」なんていう、ヨガと切り離した表現をしている時点で考え方がおかしいのかもしれません。

精神的にも身体的にも解き放たれるためには、ヨガがあくまで現実社会の一部であるという考えにシフトする必要がありそうです。

そして、ヨガに通うことだけが目的にならないように、自宅でも自分を見つめ直すためのヨガのプラクティスを行う時間を確保すべきだと感じています。

まとまった時間がとれないなら「1日1ヨガ」でもいいと思います。眠る前に5分程度、目を閉じて瞑想するだけでも気持ちはスッキリするものです。

知れば知るほどヨガ奥深さに気づく

まさに「生涯学習」です。終わりがありません。

一般的に指導者と言われる人たちはある程度完成された知識や技術を生徒に伝えるという場合が多いのですが、ヨガのようにゴールがないものを教えるのであれば、指導者ほど生徒以上に学びを続けなければならないということ。

「これでいいのだ」と終止符を打ってしまった時点で学びは終わります。おそらく上述したことはあらゆる日常生活に当てはまることだと思います。

学んで知識として蓄えてそこで途切れるのではなく、日常生活に溶かし込んでいく姿勢を忘れずにいたいものですね。

Posted by 愛媛ブロガー Atsushi(@Atsushi_k0

 - ヨガ

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