責任を取るべき立場の「責任者」がためらいなく頭を下げることができるために持っておくべき武器とは

      2017/08/05

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私は中間管理職のポジションにいる者です。そして、私の上には責任をとらない上司がいます。

自分の失態の尻拭いを私に求めるような、ある意味ではどうしようもない上司ですが、その上司が「部署長に代わりに謝ってきてくれ」というような趣旨のことを私に言いました。

当然、私はそれを拒否しました。べつに責任を負いたくなかったからとか、頭を下げたくなかったとかいう問題ではありません。私が頭をさげるに値する問題ではなかったからです。

当然、私の部下が失態を犯せば頭を下げます。それにためらいはありません。そこには、「私が頭をさげるべき」という明確な理由があるからです。

自分が納得できることであるという確信が絶対的な武器となる

正直、謝罪するということは気持ちのいいことではありませんから、できればやりたくありません。

ましてや、自分が関与していないことや自分に非がないことについて、明確な納得できる理由がないのに頭をさげるなんてできっこありません。

もしかしたら、一般的な企業では当たり前に頭をさげるものなのでしょうか?

私は、自分が謝罪すべきであると強く確信して納得できなければ頭を下げることはしたくありません。だから頭は下げません。

部下に指摘することも自分の考えと合致していないと苦痛でしかない

この上司からは、部下に指摘すべき事項を私に指示します。

直属の上司は私ということになりますから、それ自体は別にいいのですが、指摘事項について、私は到底納得できるものではありませんでした。

つまり、上司は「彼にAをやめさせるように伝えなさい」といいます。

でも、私はそのAが悪いことだと思えません。やめる必要があるという明確な理由もなくAをやめろと言われても、、それでは納得のいく説明を部下に行うことができませんよね。

結局、部署長が「Aをやめる必要はない」という決断をくだしたので私は無駄な指摘をすることはありませんでしたが、もし上司の言うとおりに指摘していたら、部署に波乱が巻き起こっていたことでしょう。

自分で納得できるかどうかで振る舞いは全く違ってくる

頭を下げようが叱られようが、部下に言いにくいことを指摘しようが、それが自分が納得の上でのことであれば苦痛でもなんでもありません。

自分が信じてもいないものを強要されるというのが一番の苦痛なのです。

責任をとるのが「責任者」の仕事だとよく言われますが、よほどの大企業でなければ自分の管轄する部門のことくらいは把握しています。

適切な指導を重ねてきて、それでも部下が起こしてしまった失態について、謝罪することは苦痛ではありません。

上司の責任逃れのため頭をさげるなんてことをやっていたら、私の心はすぐに折れてしまっているでしょう。

そういう目に合わないためにも、日頃からしっかりと周囲を観察して、自分の考えを明確に提示するということを怠らないようにしないといけませんけどね。

悪いことをしたら「ごめんなさい」でしょ?

子供にいつも何て言い聞かせてるんでしょうね。

Posted by 愛媛ブロガー Atsushi(@Atsushi_k0

 - 雑記

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