

私はいま、リハビリの仕事をしつつヨガのティーチャーズトレーニングを受講しています。
実は私の職場からはすでにティーチャーズトレーニングを終了し、ヨガのインストラクターとして活動しつつリハビリ業務もしている後輩が2人います。
現在は違う職場ですが、交流は続いています。
ある日、職場の先輩がその2人と一緒に食事をした時のエピソードを語ってくれました。
ヨガを伝えることの難しさ
その先輩はヨガには全く興味もなく、知識もありません。「ヨガってストレッチ体操だから身体が硬い自分には合わないかもなぁ」っていうのがヨガのイメージなのだそうです。
でも、後輩が熱く語っているのを見るのは好きなのだそうです。いい先輩ですよね。
一方で、ヨガについての知識がある程度たくさんある2人は、「ヨガってストレッチ体操だから」の部分を全力で否定します。
「ヨガはものの考え方であり、生き方であり、人生をより良く生きるためのツールなんです」と力説したそうです。
まぁ実際にティーチャーズトレーニングではそういう部分もしっかり学びますが、それを聞いた先輩は、少々引いてしまったようです。
確かにヨガの本質はそうなのかもしれないけど、ヨガのことについて全くの素人である先輩にいきなりそんな奥深い話をされても、逆に拒絶反応というか、宗教臭さというか、嫌悪感を抱いてしまったようなのです。
まぁ当たり前と言えば当たり前ですけどね。その後輩たちは、ヨガの本質に出会ってものすごく救われ、生き方や人柄が激変してしまったほどの2人なので、その素晴らしさの部分を大好きな先輩に知って欲しかったのだというのが聞いて取れました。
それと同時に「あぁ、若いなぁ」って思っちゃいました。その2人はティーチャーズトレーニングの先輩になりますが、セラピストとしては後輩です。若くて綺麗な女性の後輩です。
ヨガの奥深いところまで知っているティーチャーが、ただのストレッチ体操としてのヨガを伝えるというのはかなり不本意なのでしょう。
だからといって、経験も知識も興味もない人にいきなり深い話から入るとなると、ヨガを好きになってもらったり興味を抱いてもらうのは難しいでしょうね。
その人にとって必要な時に必要なヨガが訪れる
その先輩はなかなかの人格者です。ヨガを学んでいるわけではないですが、考え方がヨガのものに近い印象があります。
別にヨガにこだわらなくても、自分を高める努力をしている人は最終的には同じような着地点に向かっていくような気もしています。
それはさておき、ヨガを学んでいる人にもいろんな段階の人がいます。
「ヨガってストレッチ体操ですよね」っていう段階の人には、それ相応のヨガの師匠が訪れますし、私は別にストレッチ体操としてのヨガを否定することはありません。

実際、ヨガをやっていれば体も柔らかくなりますからね。
私も最初はそんな軽い気持ちからヨガに関わりを持ち始めた気がします。
そこからだんだんヨガの奥深いところを知り、興味を持ち始めて「ヨガって奥が深いものなんですね」っていう段階に入ったら、「そうなんですよ、ヨガってストレッチ体操っていうだけじゃないんですよ」となり、奥深いところを知れるように伝え方を変えていきます。
おそらく(私もそうだったのですが)途中で飽きたり投げ出したりしなければ、自然とそのレベルに到達すると思いますので、そこではじめてヨガの考え方や生き方の話に入ります。
興味がないもの、必要性を感じていないものの話をしても、響くことはないでしょうからね。
価値観の押し売りになっていないか
これは私の普段の生活にも当てはまります。もちろん自分の主張をしっかりと伝え、意見を戦わせる必要がある場面もたくさんあります。でもそういうケースと、自分の価値観を相手に押し付けるような場合は明らかに違います。
これを聞いて、相手がどのように感じるのか?
そのように相手を思いやり、望む結果をえるためにはどう伝えればいいのか。相手にもよるし場合にもよるでしょう。
そういう視点を常に持ち続けなければならないのだと、今回の先輩からの話を聞いていて感じました。新たな学びに感謝します。
Posted by Atsushi(@Atsushi_k0)