謙虚さは最高の魅力であり、最高の武器でもある

仕事柄、毎日多くの出会いがありますが、その度に思います。話していて気持ちの良い人というのはほぼ例外なく 謙虚な人 だと。

最近はその真逆の性質の人と会うこともあり、あまりに両極端の出会いがあったのでこの部分が明確になりました。

この先の人生で自分がどのように歳を重ねていくべきかという答えのひとつになり得ることだと思っています。

謙虚さは魅力でもあり武器でもある

謙虚な人はだいたいの人が素直な態度で物事に臨めます。

謙虚な人は自然と感謝を口にします。

謙虚な人はずっと笑顔を絶やしません。

ちょっとくらい無理して演じている部分があったとしても、それもその人の魅力です。

相手を傷つけたり不愉快にさせないための気遣いです。

そう考えれば、謙虚な姿勢というのは人を惹きつけて人間関係を円滑にする潤滑油になります。

それと同時に、謙虚さは武器にもなります。

周囲の人が「この人に良くしてあげたい」と思わせる、なんとも言えない空気感を漂わせています。

謙虚でいれば、自然と周囲に仲間や味方が増えてきます。

困った時にこころよく助けてくれる味方です。

そして、良くしてもらったらそれをまた謙虚さで返してくれます。

お互いを思いやる慈愛に満ちたスパイラルが生まれます。

傲慢な態度は剥き出しの刃のようなもの

上記とは逆に、傲慢な態度はそれだけで周囲を傷つけたり不快な気持ちにさせます。

時と場合によってわざとこのような振る舞いをする時もあるでしょうが、もっと他に方法はあっただろうにと思ってしまいます。

周囲が傷つき悲しみ、それに気づけないという負のスパイラルを生じます。

結局、得する人は誰もいない。自分自身でさえも、、、。

最終的に孤立して孤独になって、ますます高圧的な態度になってしまいます。

こういった人は鞘になるような友人やパートナーが必要ですが、いくら鞘と言っても万能ではありません。

周囲を必要以上に傷つけないようにと刃を包み込んでカバーの役割を果たすものの、ともすると鞘そのものが傷つけられてしまう可能性だってあります。

あまりにそのようなことが続けば、鞘だって鞘の役割を放棄してしまいたくなるでしょうね。

人は一人で生きているわけじゃないよ

というようなことを言うと、 そんなの当たり前でしょう という人もいるのですが、本当にそのことを実感をもって理解しているのでしょうか。

一人で生きているわけではないということを理解する ということは、自分の意見を示しながらも相手の気持ちを理解して尊重する ということとほぼ同義であると思います。

相手のことを気遣う気持ちがある人を、「あの人は傲慢だ」なんて言うはずがありません。

、、、さて、ここまで駄文を書き連ねてきましたが、最後まで読んでくださってありがとうございます。

最近、職場で起こったトラブルについて考えたことを書き連ねてみましたが、おそらくこういったことはそれほど珍しいことではないのでしょうね。

でもその一方で、とても気持ちの良い人に出会えるという幸運も経験することが少なからずあります。

そういう人を一言で表現するとしたら、やはり 謙虚な人 ということになるのかなーと思います。

この先の人生、まだまだ出会ったことのない多くの人との出会いがあり、その度に信頼関係を構築していくという作業を繰り返していきます。

その人たちに気持ちの良い風を送り込んであげられるように、謙虚さを忘れずに歳を重ねていきたいものです。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です