誕生日の解釈は年月の経過や環境の変化によって変わってくる

   

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誰もが一年に1回は経験するのが誕生日というイベント。もちろん自分の誕生日のことです。私も34歳になりましたので、今回で35回目の誕生日を迎えました。

この誕生日というのは、人にもよりますが年月を重ねていくとともにその過ごし方や迎え方に対する考え方が変わってきます。今回は私が思う誕生日についてお話しします。

いちばん本気で祝ってくれたのは、0歳の誕生日

これは誰もが同意することだと思います。この0歳の誕生日がなければ私はこの世にいませんので。ただ、その時の家族の喜びようとか、私に対してどんな言葉をかけてくれたのかというような状況は私にはわかりません。

周囲の大人たちが喜んで祝ってくれたんだということも、親に話を聞いて初めてわかることですからね。でも、私も人の親になったからわかることですが、やはり0歳の誕生日が最高なものにしたいと願いますし、必然的にそうなるはずです。

つまりいちばん最初の誕生日は私の誕生を周囲の人が喜んでくれた日ということになります。

徐々に「自分が嬉し日」に変わっていく学童期

もの心をついてからは徐々に祝ってくれることが嬉しくなります。それは友達を呼んで誕生日パーティーをしたり、豪華な晩ご飯を用意してくれたり、ケーキが食べられたり、プレゼントがもらえたりするからというのが本当のところであり、徐々に特別感が楽しくなってくるからです。

ともするとこの日に自分が生まれたんだなぁなんて感傷に浸る子どもなんてまずいませんよね。単に自分中心に開かれる楽しい宴が嬉しいだけです。もちろん親や周囲の人はその意味を噛みしめて、精一杯の楽しい時間を演出してくれますが、当人はそんな気持ちはあまり深く考えたりしませんね。

徐々に自分が生まれた日を特別視しなくなる青年期

さらにある程度の年月を重ねると、そもそもこの日が自分の誕生日だということを忘れてしまったりする時期が来ます。周りにいる人に言われて思い出したりしますから、あまり特別感がなくなっている時期です。

確かに、それまでのように盛大にチヤホヤして祝ってくれると恥ずかしかったり照れたりして「もぅいいよ(照)」なんて変に突っぱねたりしてましたし、親も多感な思春期の私の心情を汲み取ってか、そんなに毎年のようにプレゼントを買ってくるようなことは途中でしなくなりました。そういう家庭も多いのではないでしょうか?

せいぜい今夜なにが食べたい?っていう程度ですし、それで充分だったりします。これって私だけなんでしょうかねぇ。

でも当人の周囲は、やはり誕生日を「忘れる」ということはあまりないです。特に両親はほぼ忘れませんね。今年も両親からおめでとうのメール(LINEではない)が届きましたからね。

結婚して人の親になるとわかる誕生日の大きさ

私の娘も1歳8ヶ月になりました。子供が産まれてみると、なにも1歳とか2歳とかまどろっこしいことを言わずに、半年とか8ヶ月とか、中途半端なタイミングでも祝ってあげたくなります。本当に子どもがカワイイので、なにかにつけて祝いたくなります。

これくらいの時期から、私は自分の誕生日の捉え方が変わってきました。私自身の両親から私宛に「Atsushi(@atsushi_k0)、お誕生日おめでとう」なんてメールが届いたりすると、発想が逆になって「いやいや、こちらこそ私を産んでくれてありがとう」となるわけです。

そうでしょ?私の誕生日は私が産まれてきた日です。でもそれは私目線での捉え方です。両親の立場に立ってみたら私を産んだ日なんですよね。言うなれば人の親としては経験年数0年で、親としての人生が誕生した日なんですよね。

なので私の34歳の誕生日は、両親がAtsushi(@atsushi_k0)の親になって34歳ということです。ならば祝う相手は私だけではないでしょう。私の34歳の誕生日はこの世に「Atsushi(@atsushi_k0)の親」が誕生してから34回目の記念日です。誕生日は子供も親も、同じくらいの喜びを感じられる素晴らしい日なんですね。

この先どんな気持ちで誕生日を迎えるかはその人の気持ち次第

私は仕事柄、ご年輩の方々とお話しする機会がとても多いですが、誕生日についてたずねてみると、いろんな答えが返ってきます。いちばん多い答えが死へのカウントダウンとか、あと何年生きられるのかとかいうネガティブな声です。

あまりに長い年月が経過すると、自分が生まれた時のことや、若かりし頃に祝ってもらったこと、我が子を祝ったことなどよりも、人生の終焉についてのことを思い浮かべる人が多いように思います。

でも全ての人がそうではありません。人生の終焉について考えながらも、残りの人生をいつ終えてもいいようにハツラツと生きたいというポジティブな考えを持っている人も多いのです。どのような人生をどのような気持ちで過ごしてきたのかによって、捉え方は変わってくるのです。誕生日はそういった自分の人生の振り返りと今後の展望を考察するよいきっかけになりますね。

このように、誕生日に思いを巡らせると出てくる答えは実に様々です。せっかくの一年に一回のイベントです。たまにはその特別な日に想いを巡らせてみるのもいいのではないでしょうか:)

 - 雑記

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