人間の人生に優劣や上下はないのだと感じた話

      2017/07/08

このエントリーをはてなブックマークに追加
Pocket

a0007_002174_m.jpg

先日、高校の同窓会がありました。約15年ぶりの再会であり、旧友と久しぶりの再会を喜びました。

当然ですが、道を別れてから15年もの間、その人それぞれの人生を生きてきたわけですから、その結果が私の目の前に広がっているわけです。他の友人もそうですね。

容姿や肩書きが別個にそれぞれにあるのですが、親交を深めている時間にふと、自分が今のこの再会をどのように捉えているのかということに意識が向きました。

高校生の時とは格段に違う人生、だが優劣ではない

高校生のときは友人Aと友人B、あるいは自分と別の友人とを比べる尺度がある程度決まっています。

学業や部活動の成績であったりボランティアなどによる社会貢献度などの素行の良し悪しがそれに当てはまると思います。

人間性や個性というものも含まれるのかもしれませんが、人間的に成長段階で未完成であることもあり、15年前にこれを最重要項目として優劣をつけることはありませんでした。

自分と気が合うか合わないかという程度でしょうか。

特に学業の成績というのは校内で順位を発表されましたのでイヤでも意識しておりました。でもあれから月日は流れ、今度はまた違った尺度で優劣をつけることも可能となりました。

ある友人は昔は素行が最悪であったのですが、今では社長として社会性を身につけており、気遣いや思いやる姿勢が見て取れました。

またある友人はぼーっとしてほんわかして、、、なんとも言えない穏やかな人物でしたが、今では警察官として強盗などの凶悪事件の解決に向けてバリバリと職務に励んでいます。

恋愛に溺れて前が見えなくなっていた美しい女の子は、結婚することの理由がわからないという理由で独身を選択しています。

どれも私とはまるで違う人生であり、肩書きや収入という尺度を用いれば優劣をつけることは可能だと思いますが、そんなことは無益なことだということに気がつきます。

自分の生き方を再考するきっかけをもらったがモヤモヤが残る

旧友を深め、楽しい時間を過ごしたと思うのですが、同時にモヤモヤした感じも残ります。おそらくそれは私自身の問題なのだろうと思います。

友人たちは自分の人生をこんな風に生きているということを私に多く語ってくれましたが、自分は語れるほど精一杯生きているのかというと、正直自信がありません。

ゆえに、私は彼らに対して無意識に序列をつけており、自分があまりに下の方だと決めつけているのだろうと。

頭では「人生(人間)に優劣はない」と理解はできても、実際にはどんどん自信をなくしていく自分がいます。情けないことですが、、、。

翌日、お酒が残る頭を回転させて昨夜のことを振り返りました。

よくよく考えてみれば30歳をちょっと過ぎた程度の人間の集まりですから、未成熟なのは高校生の時と変わりません。

ちょっと世間を知って前進している(後退することはないと思っています)というだけに過ぎないのでしょう。

現在の平均寿命から考えるとまだ今の2倍、人によれば3倍はこの人生を生きて行くわけです。

今後の人生をどう生きるかということで、再び再開した時に大きな変化が見られると思いますが、優劣が大きくなったり小さくなったりするということはありませんし、そもそものそういった人に序列をつけるような考え方を一切抜きにして、純粋な気持ちで再会を喜べることこそ、今の私にとっての前進なのだろうと、ふと考えたのでした。

Posted by 愛媛ブロガー Atsushi(@Atsushi_k0

 - 雑記

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • Pocket
  •    
  • follow us in feedly
Loading Facebook Comments ...

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

  関連記事

ネット通販で靴を買うときにサイズがちゃんと合うか不安なあなたへ

私はブーツがかなり好きです。あまり数多くは持っていませんが、やっとブーツの季節が …

今夜はスーパームーン!スマホで月をカッコよく写真撮影する簡単な撮り方とは

昨夜は中秋の名月、今夜はスーパームーンとなっているようです。 秋の夜長を楽しむに …

スタッドレスタイヤが潰れているのは異常なことじゃないよ

私の住んでいる地域は雪が積もるということもありますし、スキーやスノーボードなどの …

あなたは「ぶれない自分の軸を持つこと」の意味を勘違いしている

自分の軸を見失わないことと、他者との歩調を合わせるというのは、一見すると矛盾して …

近すぎてなかなか会う機会がない友人と実際に「会う」ことによるメリットとは

先日、同じ市内に住んでいる友人と会ってお酒を酌み交わしてきました。私の結婚式以来 …

自分が信じるものだけを武器に生きていくにはそれ相応の努力をせよ!

ふと、私が専門学生だったときに恩師が話していたことを思い出しました。今思えば、よ …

「自分のことで精一杯で他人に優しくできない状況にある人」とのやりとりで意識すべきだった一つのこと

私が最近思っていることで、このブログでも最近になって何度も書いてきたこと。 それ …

「人間誰でもミスをする」は自分に甘えるための言い訳じゃないぞ

今日は職場で私の不注意からくるミスがありました。ちょっと間違えば相手にとんでもな …

収穫の秋の到来!私が声を大にして語りたい「今年の収穫」とは #shukaku2015

11月も半ばにさしかかり、もうそろそろ今年を締めくくる季節になってきたんですかね …

勉強というのは勉強することそのものが目的ではなく、その結果がどうなるのかが大切

私が、前からすごく違和感をを感じていたことに、「勉強する」ということの定義があい …