人見知りや食わず嫌いは天性の危機管理センサーだから必要な個性だと思うんだよ

人見知りする娘

幼稚園の個別懇談で、年長さんの娘の担任の先生とお話ししていた時に、「やや控えめな性格で、新しいことに取り組んだり他のクラスに新しいお友達を作るのに時間がかなりかかっている」という趣旨のコメントがありました。

もちろん娘の個性であることを先生も大いに認めてくれていました。そのうえで、小学生になった時にもしかしたらその性質が足を引っ張ることも出てくるのではないかというのが気がかりだとおっしゃっておりました。

まぁ確かにそうかも知れませんが、だからといって落ち込んだり、進級するまでのわずかな期間でそれを必死で完全に克服させようなんてことは私も妻も考えませんでした。

人見知りや食わず嫌いは生きていくうえで必須の要素であり誰もが持っているもの

よく「自分は人見知りする性格だから」という言葉を耳にしますが、個人差はありますが基本的にはみんな人見知りします。

初対面の人と会った時などは、相手のことがまるで分からない状態からスタートしますから、徐々に相手の情報を得つつ、どこまで自分をさらけ出しても良いのかを判断していきますよね。

山で見つけた知らないキノコをいきなり調理して食べようとは思わないのと同じです。

いろんなところから情報を得て、毒キノコではないのか、一般的に食べられているキノコなのか、どんな調理法が適しているのか、食べた人の感想は?って調べるでしょう。

人見知りもそれと同じで、まずは相手を知る。それまでは多少なりとも警戒する。それが人見知りだと思うんです。

そうでなければ、私の娘はもしかしたら見知らぬおじさんに何回も初見でガンガン話しかけて、何回も誘拐されてるかも知れませんw

経験値の少ない子どもにとっては相手を見抜くとか相手を知るといった能力はまだまだ未熟ですからね。

人見知りが当たり前ですし、それくらいがちょうどいいんです。

個性を認めつつその性格をどう使えばいいのか気づきを与えたい

さて、私の娘の話に戻りますが、人見知りというのは前述したように危機管理のセンサーのような能力です。

そう捉えると、逆に新しい環境で(例えば小学校や中学校など)、友達をたくさん作ったり新しい先生になじんだりするのに時間がかかるのは目に見えています。

確かにそこだけ見れば不利な性格だとも言えますね。

でも、人と人との信頼関係の構築に時間がかかるのは仕方ありません。それは大人の世界でもよくあることですが、それでも私は立派に生きています。

そもそも初対面の人との関わりの場面って、幼い時にはそんなにたくさんありませんよ。

親の私が娘にしてあげられるのは、娘より先に仲良くなって、「お父さんはこの人と仲良くおしゃべりしてるから、この人は怖い人や悪い人じゃないんだな」というヒントを与えてあげるくらいですかね。

閉鎖的な世界から広い外の世界へ導いて経験値を多く与えることが必要

とはいえ、娘も幼稚園という小さい社会から、小学校という比較的大きい社会に進んでいくわけです。

公園で遊ぶ娘

今までの私の娘との関わりを振り返ってみると、確かにガンガン外に出ていくことはしていませんでした。

いつも決まった公園で決まったお友達や弟と遊んだり、決まったお店に行ったり。

なので娘も幼稚園では決まったお友達とだけ遊んで、他のクラスのお友達はそれほどいませんでした。

いつものお友達が他の子と遊んだりしてると、取られたと思ってしょんぼりしてるのだそうです。

これは娘の環境の一部である親の私にも配慮が足りなかったという落ち度があります。

もっとアクティブに外に出ていって、娘のチャレンジを見守る。もっといろんな公園に行ったり、違ったお店にも行ったり、新しい環境に飛び込むことの壁を低くしていく努力を、親が率先して見せる。

小学校に通い始めるまでに色々と新しい外の景色を見せてあげて、経験値を増やしてあげるのは今の娘には必要で大切なことなのかも知れませんね。

Posted by Atsushi(@Atsushi_k0

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